カテゴリ:韓国語小説読書中!( 37 )

우리들의 행복한 시간

3-4

おばさんは頭だけうなづいた。
そう,それならいい。ユジョン,よく聞いて,お前のおじさんに会って来るところだ。お前自殺未遂でもうこれで3回目だと,1ケ月の間入院して治療を受けさせろと言うので私がお前を連れて行こうと言った。おじさんは失望して本当にそうしたいのならそうしろと言った。原則的にはいけないことだが私を信じてそう言ったのだと思う。どうするつもり?ここで1ヶ月の間入院してまた精神科の治療を受ける?でなければ私をすこし手伝ってくれる?
おばさんはこれが冗談で言っているのではないという口ぶりだった。70が越えた修女のおばさんが姪が自殺を企て,目覚めた病室に来て冗談をいうはずがなかったが私はすこし笑った。
それは私が難しいことにぶつかった時にいつもそこから抜け出すために長い間使ってきた手法だった。しかし私の自殺未遂が3回目だというおばさんの断固とした口ぶりを聞いて私もどうすることも出来ず,つまらない人間だと思った。煙草を思い出した。
私みたいな女が何を手伝うことができるの?私はお酒を飲み,タバコも吸い,毒舌を浴びせること,だから雰囲気を窮屈につくること意外には何も知らないのに。
私が話すとおばさんは分かっていることは分かっているんだ,などと言った。
お前に会いたがっている人がいるんだ,お前の歌を聴きたがっている人がいるんだってば。
おばさんいやモニカ修女さん,まさか今私に夜の仕事でもさせようとしているんじゃないでしょ?
修道院の財政が大変で歌手くづれが歌を歌いキャバレーの職に就けと言っているのじゃないでしょ?まさか?
私は笑った。誇張したポーズを取っていたことは分かっていたけれどだけど長い間の習慣は体にしみこんでしまった新派演技のように見るによっては無邪気な相手に騙され倒されるくらいは自然にも聞こえることでもあったのだ。大概おばさんはそんな私のジェスチャーを呆れながらも知らないふりをしてくれた。しかしモニカおばさんは笑わなかった。
お前が歌っていた愛国歌を聴きたがっている人がいる。
おばさんはゆっくりと話した。
なんのこと!愛国歌って?
そう愛国歌
私は笑った。それは面白そうだった。
b0119425_2046970.jpg

[PR]
by hiroharuh | 2008-04-06 18:47 | 韓国語小説読書中!

우리들의 행복한 시간

3-3

実はそれが少し可愛いくともあった。そう,今私と30を越えてようやく初めてデートしてキスしてホテルに行ってそういうことだとおっしゃるのでしょうか?うそがとても上手でいらっしゃいますね。とケラケラと笑いながら私に聞き直した。彼は私のような女を一度も見たことがない人のようにすこしあきれ顔だった。しかしそのまなざしの中にそんな部類の大胆な女性達についての興味と好感がまったくなかったわけでもなかった。言うなればまったく異なる部族についての好奇心のようなものがよぎりました。そのまなざしにはランニングを(こういう場合はロニンシャツではなくかならずランニングシャツでなければならない)着た頭の短い黒い田舎者が黒いリボンが付けられた靴を履いて白いレースの靴下を履いた,一度もいじけてみたことのないソウルの女の子と会ったなら間違いなく送ってしまう一抹の憧れのようなことも未熟だった。たぶんそれは事実だったのだ。その時私は自分の人生の一歩を彼に載せてみようかと考えていたことでもあった。その踏み石は多分私をこれ以上さまよわないようにと礎石のようなものになるかも知れない誘惑の匂いを帯びていた。ぬかるみの庭で汚れた靴を脱いでその踏み石を踏みしめればつやが出て乾燥した板の間でひょいと上がって立てるようになること,丈夫で中心をとらえて,それで打たれた矢のように目標が明らかなこと,実は私はそんなことなどを憧れていたのだ。ところがふと私に向いていたその人の笑顔がとても恥ずかしそうで少し嘘っぽかった。予測はしたけどぼんやりと彼の言葉を信じていたのだ。いやたぶんそのように,最後だ。私自身に言い聞かせながら,必死の努力をしながら一度だけ,最後に一度だけ信じてみようと,信じたかったのか?実際に問いただせば私が彼の同棲の前歴を問題にするくらいくそまじめだったりあるいは自分が純潔な処女で私が損したりそういうことではなかった。フランスの留学時代に私も何人かの男と同棲をしたことがあった。それぞれ1ケ月余りだった。しかし彼が彼女を捨てたとしても顔とはとても釣り合わない手の節が荒く太い彼女を捨てて,いわゆる世に言う美術というものを勉強して帰ってきた母の聖画で個展を開きそして家の中で経営する首都圏に存在する大学に転入する位置を得た私と結婚するというので私が今更彼を非難することはなかった。そして私が知るひとつのそれは異常だとか特別非道徳的な理由もなかった。私の回りのみんなはそのように結婚というものをしていた。しかし私は彼と結婚することは出来なかった。死ぬほど愛してる,君を死ぬほど愛してるんだと,どうしてもそのようにはとうとう言えなく,そして行ってしまえ,いなくなって二度と現れるな,人は行き来する道の交差点で立って泣いてわめいた私を最後に覚える初めての男とも出来なかった結婚を彼とする事が出来なかったという考えが明らかになっただけだった。
私たち家族は成し遂げた王国の市民権を再び得ることは出来なかったようだと失望感で私は再び取っ手が回るように酒を飲み始めた。その女のせいではなかった。かわいそうな人は,哀れな人は町ごとに満ちあふれていた。理由のない不幸があるのか,重苦しくない悲しみがあるだろうか,哀れだということはあらかじめ正義から裏切られた結婚をいうものだ。であればその女が彼に捨てられ死んだとしてもそれは彼女の問題だけだった。考えてみれば私やその女などは本当とうその固まりだった。私たちに同質感があったなら私たち自身ではなく男を通じて正義の飛び石を得ようとしたはずだ。
そう,私のユジョンがその程度でもって死ぬ人はいないでしょ。
おばさんは私の髪の毛をこすりながら言った。
おばさん
うん?
なぜ今更私に来たの?帰国して私が何回か電話をしたのにいつもいなかったのに。
そう,おばさんがとても忙しくて,それでごめんね。弁明をするなら私はお前がもう30を越えたので,もうすっかり大きくなったと思ってた。
おばさんのごめんなさいという言葉を聞くなり,心がひやりとした。おばさんが私に
誤る理由は全く無かった。私が申し訳けなかった。しかし私はいつものようにそんな表現をすることができなかった。ごめんなさい。そしてありがとう。愛していると同様の言葉達を,そのまま上の空ですることではなく本当にその言葉が必要なときその言葉でなければいけない正しくその時にはしてみたことがなかったのだ。
おばさん,だいぶ老けたね。おばさんは元々のきれいな顔ではなかったがだけど前に見たときはぱんぱんとしてたけど,だいぶ老けた。
おばさんがしばらく笑った。
そう時間が経てば老けるでしょう。私たちには永遠のものなんてないでしょう。そして死ぬでしょう。急がなくてもいつかは私たちは全て死んで。
モニカおばさんは席から立ちながら話した。死ぬという最後の言葉はしばらく使わなかったが力が余るようにはき出した。そして冷蔵庫へ行ってジュースを取り出し飲んだ。のどがひどく渇いていたのか小さい缶をもう1本飲んでおばさんは小さなため息をついた。そしてしばらく窓の外をながめた。ベットの向こう側の窓で風にはためくプラタナスの枝が見えた。私もおばさんに連れて窓の外をながめた。落ちろ,落ちろ,風に連れて落ちてしまえ,私はそんなことを思っていた。
おばさん,死にたかったのじゃなかったんだけど,退屈でつまらなかった。うんざりしていらいらした。こんなふううに生きたら退屈な世の中につまらない日常がただ1日1日過ごすだけだと考えたのだ。そんな意味の無い1日1日を過ごしおばさんの言うとおりいつかは死ぬんだから。私は私の人生の全体をゴミ箱に放り込んでしまいたかった。そして世の中に向かって叫ぶんだ。そう私はゴミだと。私は失敗したと,そして私は決定的で私は到底救いようがないのだと。
モニカおばさんは私をじっとながめていた。そのまなざしには意外にも何の感情もなかった。しかし実際はその憮然とした視線が私はいつでも怖くて本当の怖さということがいつもこのようにそこには彼女に向けた私の尊敬心が明らかにあった。
ユジョン,お前そのカン検事とかいう人,愛していたの?
おばさんが控えめに聞いた。私は笑い転げた。
その田舎者を?
お前,傷ついたじゃない?
私は黙っていた。
もう一度考えて見るつもりなの?
許すことが出来ないよ。それでおばさん,私が考えてみたんだけど愛ではないみたいだった。愛したら心がつらいじゃない。だけど苦しくなんかなかった。愛したら私と別れてもその人が幸せならいいんだけどって考えるじゃない?だけどそんな思いはなかった。その人ではなく,そのように事情ばかり見て簡単にその人を信じてしまった私を,実際15年の間だ反抗というものを死ぬほどして来た私がようやくまた兄さんとか兄嫁とかそんな人たちのようになりたいということを分かった時それが嫌で,そして決定的でその嫌な感情にさえ裏切られたというのが嫌いだった。

b0119425_0123452.jpg

[PR]
by hiroharuh | 2008-04-06 00:12 | 韓国語小説読書中!

우리들의 행복한 시간

3-2

誰にも話さなかった話をなぜここでおばさんにしているのか私もその時はわからなかった。
そして結婚しないその理由をなぜ家族に話さなかったかもよくわからなかった。ムンユジョンさんでいらっしゃいますか?お会いしたいです。受話器の向こう側で細く震えていた女の声,不意にも向き合った座ってコーヒーカップをつかむ手がとてもざらざらしていた。美しい顔なのにその顔と手がまるで二人の主人に仕える肢体のようにかなり違っていた。細長い顔の輪郭と솔밋한目は柔らかく優しかったけど全体的に蒼白な光を帯びていた。その人は私の全てでした。
女が口を開くやいなやそのように話したとき私の心にずしんと降りてきた。どうして人間が人間にその上,女が男を置いて私の全てだと話すことができるのか,そしてその言葉を初めて会う人にあれほど断固にしゃべることができるのか,私は,もっともです。という確信と信念とこのようなものをもっている全ての人間にいつでもそうだったように多分漠然と彼女に嫉妬を感じたのかも知れない。それは男に対する話ではなく,生を置いて仮にそれが幼稚で愚かでその上滑稽な結末終わったとしても,そのように全ての者をかけることができるという代償を私は一度も持ってみたことがないからでした。その女は手に余るように見えたが涙は見せなかったんで,まだこの事態を測り認めることができない愚かな希望が残っていたようだった。その希望が実は本当に愚かなことなので失望することよりもっとよくないことであるということを分かるようになったならその女はおそらく死ぬかも知れない私は感じた。そのように悲壮で危ない光明が彼女にはあったという話だ。ところで私はおばさんへ最後の言葉を付け加えながら私がなぜ家族にこの事を秘密にしたのか,と考え始めたのだ。彼はかっこいい方ではなかった。背も別段高くなく四角いあごに浅黒い顔が彼の幼い時代がそんなに平穏無事だったことではなかったということを話してくれていた。感想はなかった。ときめきのようなものも期待してなかった。恋愛するのではなく結婚をしようと決めたのならそれは取引ということを知っているくらい私も年を食った。恋愛たくさんしました?兄さんの紹介で彼に初めて会った日,私がそのように尋ねたとき,頭をちらっとうつむき作り出したそのはにかむ笑みを持って一人で誰も踏み入れない処女地を征服したようなかすかな快感を感じたことも思い浮かんだ。男達が処女を捜す理由を理解できないこともなかった。だから堪えることができないふりしてこんな勉強ばかりわかる有能な쑥맥(豆と麦)と結婚したなら家族達は私の過去を再び聞かないまま私に彼らが構築した王国の金が刻み込まれた市民権をくれることの計算が私に無いことでもちがった。そうしてみると快楽と放縦と遊興あるいは全ての酒と女を得ることまたは私にはありふれてつまらなくなっていたことでもある。
一度遠くから愛して見たことがあります。ぴったり2回のデートをしましたが,そちら側は私がとてもあきあきしていたようです。そして試験のために気が気でなかったのです。私は責任というのが本当に重要だと考えます。男ならまず家族達を食べさせてやる位置に自身をもっていくことが重要だと考えます。結婚と言うことも,愛ということもまずは自身の位置が成立された次にすることが順序だと考えます。彼は私に良く見せようと表情を隠さないまま話しました。実はそれが少し可愛くもありました。
b0119425_212359100.jpg

[PR]
by hiroharuh | 2008-03-30 19:40 | 韓国語小説読書中!

우리들의 행복한 시간(공지영)

3-1

1996年初冬の話からはじめよう。その年の冬私は病室に横たわっていた。
私はウイスキに致死量の睡眠薬を飲んで自殺を図ったが発見された,彼らの話によれば自殺未遂の患者だった。
目を開けると窓の外では雨が降っていた。病院の窓の外に見えるプラタナスのいくつも残っていない葉っぱがパラパラと散っていた。空が曇って時間が何時になったのかも分からなかった。私は少し泣けばよかった。と言った(母方の)おじの言葉が浮かんだ。おじはひどく老けて見えた。状況がそうでなかったら,おじのどうして頭がいつの間にかにはげたのでしょうか?
おじいさんのようじゃないですか。私はそのように話したのだ。もう大丈夫なのでタバコを吸ってもいいでしょう?と言った後に呆れる彼の顔に触れてきゃきゃっと笑ったかも知れない。
聞く言葉になんの返事もしないようにする私に,かあさんも手術したので具合が悪い上にお前がこんなんじゃ駄目じゃないか?という言葉を付け加えることはおじがなにせ模範生出身であるためだったのだ。
おじは本当に母がそんなに心配になるのですか?それだけ本当に母が好きなのですか?
私が聞くなり叔父はようやくはじめて笑いながらそのように話してたのだ。
私はお前がちょっと泣いたらよかったな。しかし彼の顔は実はひどく悲しく見えて私に対するあわれみでいっぱいに満ちていた。私はそれがいやだった。(嫌いだった)

誰かが私の病室のドアをノックする音が聞こえた。私は返事しなかった。その何日か前に癌の手術をして一ケ月ほど経ったかあさんが尋ねてきたとき,私がリンゲルの瓶を割る騒ぎを起こした以降,私を訪ねてくる家族はいなかった。家族は私をいつものように私を母の乳房から1センチメールくらい切ったという癌の組織より,もっと困ったものだという顔つきがありありとしていた。母がそれほど生きたいというこの生が,私にはうんざりだった。それに母がその母という人の生がでれだけ生きる価値があるのか彼女も私も考えて見たことは分からなかったが母が死にたくないので私でも死にたかったと母に大声でわめき声を張り上げた。あえて弁明をするなら母が私が死から切り抜けた病室に来てお前をどうして生んだのかわからないとは,一生を私の耳にうんうんする声はしなかったわけではないけど私がそこまで騒動を起こさなかったということも言えるだろう。そうでありながら私が母と似たという考えをするようになったことがもっと頭に来た。
はいという返事しか言うことを知らない3番目の義理の妹がまたアワビ粥かなにか買ってきたようで私は目を閉じてしまった。ドアが開いて誰かが私の病室に入ってきた。3番目の義理の妹ではないようだ。3番目の義理の妹ならいっとき俳優だった彼女特有の鼻声でお嬢さん寝てます?と呼ぶはずだ。私の家になんの大きな借りでもあってその家の全ての不吉なことをすることが自身の生への目標でもなるように黙々と私の病室のゴミ箱を空にして買ってきた花を生けて窓際に置かれた花瓶をことことするのだけど以外にも何の音も聞こえてこなかった。しかしドアが開けられる音が聞こえたとき私はそれが実はモニカおばさんだということをわかることができた。匂い,それが何の匂いだったのか,とても幼い時期にモニカおばさんが家に来れば私は彼女の黒い修女服に自分の顔を埋めてクンクンと匂いを嗅いだりもした。なぜ?おばさんから消毒薬の匂いがして?おばさんは聞いた。いや,これは消毒薬の匂いじゃないんだけど。おばさんからは聖堂の匂いがするよ。ろうそくの匂いのようなもの,私はそのように返事したようだった。おばさんは看護大学を卒業して大学病院で看護婦として仕事をしてある日ふと修女院へ行ってしまったということだった。

私はようやく眠りから覚めた人のようにぼんやりとして目を開けた。モニカおばさんは私のベットの横に座って私をずっと静かに見つめていた。フランス留学へ旅立つ前,私が短いスカートを履いて舞台の上でかあさんの言葉によると恥ずかしいことも知らずお尻を振りながら歌を歌うとき,おばさんが公演場の後ろにある楽屋へ尋ねてきてちょっとだけ会ったのが最後だったのでほとんど10年ぶりのことだった。
黒いベールの下に見える耳元が白く変わっていて肩はがっしりしているが全体的に流れる線が少し曲がっているおばさんはほんとうにおばあさんになっていた。年をよく識別できない修女だということを考え合わせてもだ。
私はしばらく,生きて年老いてやがて死ななければならにという人間の悲しい運命について考えるところだった。
私をながめるおばさんの視線にはおかしな疲労がいっぱいに満ちていました。若干ため息のようでもあり母が一度も私には注がなかった,ある暖かい母性のようなものが彼女のくしゃくしゃで小さい目の奥にはあった。そして私がおばさんを覚えている最初から最後まで変わらないでいることもそうだけどそれはいたずらっ子が生まれたばかりの子犬を見る好奇心のようでもあり,別に見れば限りない哀れみのようでもあった,子どもを生んだ妊婦が小さい新しい生命に対して送るそんなまなざしだった。
私ずいぶんと老けたでしょ?
おばさんが何も言わないので私はそんな風に話しながらにっこりと笑った。
死ぬほど老けてはいないようだね。
私,死のうと思っていたんじゃないんだ。自殺しようとも思っていないの。ただお酒をどれほど飲んでも眠れなくてそれで睡眠薬を飲んだだけなんだけど。ずいぶんと酔っていたので睡眠薬をちゃんと数えることが出来なくて,それでそのまま手に落ちたまま口に放り入れたんだけでこんな騒ぎになったてこと。この間母さんが来て死にたいのならそのまま死ななきゃ,なぜこのように心配をかけるかと言うので,私は突然に自殺未遂に終わった不良少女になってしまったみたいじゃない。おばさんもわかっているじゃない?家では母さんがこうだと言えばそうなってしまうことを。
もううんざりだよ。母さんから私は最初からいつも不良品だと言われ,30にもなって。
何も話さないつもりでしたが早口で言葉が流れ出た。久しぶりにおばさんを会って子どものように限りなくだだをこねていたいだけでした。(甘えたいだけでした)おばさんはそんな私の気持ちを全部わかっているように子どもに話すように私の布団を整えて私の手を握った。子どものように扱われるということは大きくなった大人達だけが楽しむ内密な楽しみだった。おばさんの小さなやつれている手が私の手を握るやいなや,その時になってようやくその体温の温かく伝わってきた。久しぶりに感じとれる人の体温だった。
本当だよ。おばさん,私は死ぬ元気もなく,死ぬつもりも勇気もないし,私がそんな人じゃないこともおばさんも知ってるじゃない。だから死ぬ意思があればその意思でもって生きていかなきゃとか,聖堂に行ってみなくちゃとかそんなことは言わないで,私のために祈祷もしないで,神様も私がどんなにか頭が痛いのか。
おばさんは何か話そうとしたけど口を閉じました。
母さんは話していました。婚約の日まで受けていて今になって婚約をしたくないと言うなんてなんて。情のことだよ。上の兄の話では司法研修院を首席に卒業した後輩だというんだけどまずまずで人は良くて学閥もよく,人も落ち着いていて,家でこそすこし抜けているけど30も越えたくせに以来どこに言ってもまた再びそんな花婿候補を探すでしょ。おばさんがちょっと行ってみます。その子は最初からおばさんの言うことしか聞かないから私はその子に飽き飽きした。本当に私の中で生まれたみたいで。父が一人しかしない娘だととても甘やかして育てたことが私をこのようなわがままな子に作ったようだ。家のみんなは全て一流大学を出たけれど,学校もそのようなちょっと遅れたところに行ったのに,我が家系に勉強ができない人がどこにいるの?
その子がどういうわけかそんなになってしまい。
こんな話にくってかかるのだ。その人とはなんの関係もないことだよ。結婚したいという考え,最初からなっかたし。そっちも同じだったんだね。私でなければきっとその人もたぶんまた背景と財産を持った家の娘を捜すでしょう。もっと若くて条件のよい花嫁が列をなしているさ。媒酌人たちが放って置かないとその人も話したと。
おばさんは何も言わなかった。窓の外で吹いている風の音がピューと聞こえたかと思うと窓がガタガタと音をたてて揺れた。風が更に強くなる模様だった。外のプラタナスの葉っぱが散り落ちていた。人も木のように1年に1度づつ死ぬように長い眠りについて,また目覚めることが出来ればいいなと思った。そのように起きて年始の日差しが新しい葉っぱとピンクの花を咲かせなてはじめから再び始められればいいと思った。
あのね,その人と3年間同棲したという女性が私を訪ねてきたんだ。子どもの2度も降ろしたと。あのね。その知れてるストリー,お小遣いを貰い,本を買って貰い,ご飯も貰って,そして司法試験の日を女性は一大決心豚カルビでも食べて乾杯したでしょう。そしてその子ども,そしたら気持ちが変わり副長検事の末の妹の私がほしくなったの。私の取り分の遺産も考慮したのでしょう。医者,検事,博士などなど全て「者」がつく優れた人で一色の私の家にも興味が動かされたのでしょう。
おばさん,私が私自身のどこをを嫌いなのか知ってる?
それはありふれてつまらないことだよ。その子どもがすこしつまらなくないように女性を捨てたならつまらなくない意図で私と結婚しようとしたなら私がそれでも険しい目をつむってってあげようとしたんだけど。本当だよ。私はその子がありふれてつまらなく振る舞うことに我慢することができなった。それで全部だ。おばさんは私の話信じてね。この話は誰も知らない。その人達はただ私の気まぐれと考えていて私もそれが楽だし。それこそ少しでもお互いに向き合って見てないじゃない。
[PR]
by hiroharuh | 2008-03-26 22:07 | 韓国語小説読書中!

우리들의 행복한 시간(공지영)

ブルーノート03

私が学校に入った以降,弟ウンスは毎朝私について学校へきました。そんな中で帰ることが出来なくて学校の塀の曲がり角でしゃがみ込んで座り学校が終わる時まで私を待っていました。ウンスは私とは違う子どもでした。ウンスは子ども達が殴れば私のように棒きれなど持って喧嘩をふっかけることができなかったです。喧嘩の強い子どもがいじめると駆けつけて最後までそいつの前腕でも咬みちぎってしまった私とは違っていた。ウンスの運命は母のように打つ下ろす鞭を運命の鞭のように甘受しながらただ泣いていました。学校が終わり駆けつけて行ってみればウンスは寒さに唇は青く真っ青で塀の下でぶるぶる震えていました。私が学校で配給を受けた,他の子ども達がそれを全部食べるときもつばをごくりの飲み込んでも食べないで大事にしておいたとうもろこしパンが私たち兄弟の一日の糧食でした。ウンスはある日は鼻血が出たまま座っていたこともあり,ある時は子ども達に洋服を全部はぎ取られとうがらし(ちんぽ)をさらけ出して泣いていたときもありました。私はウンスを本当に愛していたのだろうか?とその後にも長い間私は考えたたりもしました。わかりません。ただ私はウンスが幸せならばと思いました。私が食べないで我慢してたとうもろこしパンを一緒にちぎって食べながら家に帰ってくる時間がひょっとすると私たち2人の人生でもっとも幸せな時間だったかも知れない。
その日は雨が降っていました。春にはなったけど日が寒いので朝にはすっかり晴れていた空が暗くなったと思ったら突然長竿のような雨がこぼれ降りました。先生の言葉は何も入ってこなくて私は窓の外ばかりながめていました。学校の外にはウンスが雨を避けることが出来るところは無かったです。空になった巣に残された小さなハトのように,目が腫れて飛び出るようになるまで泣いて雨にあたっているウンスの幻影がちらちらして私は1時間目が終わるやいなや校門の前に駆けていきました。雨にあたって立っていたウンスは予想より早く出てきた私を見て以外と思ったのかにっこりと笑いました。雨水が事情無くウンスの顔へ降り注ぐのにウンスはうれしくてどうすればいいかわからないようでした。怒りが頭のてっぺんまでこみ上げました。傘が無いことではウンスも私も同じで私の洋服も濡れ始めました。
「家に帰れ」「いやだ」「家に帰れってば!」「嫌だ」
酒に酔った父が起きると目に見えたたすぐにそれが棍棒だろうがほうきだろうがつかんで弟ウンスを痣が出来るまで殴る家にウンスを送り届けなければならない私も心は痛かったです。それでも雨足はそんなに強くなく私は嫌だというウンスの胸ぐらをつかんで家の方へひっぱて行きました。家に行く町角にウンスを置いて振り返るとウンスは私についてきていました。私はついてくるウンスの胸ぐらをつかんで再びひっぱていきました。そして振り返り走って行ったかと思ったらまたもやついてきていました。私は駆けつけていきげんこつで殴りました。まるで拒逆とかいう分からない純血の星から来たバカのように,ウンスは私に叩かれながら私の上半身の裾を握りしめていました。私は狂ったようにウンスを叩きました。ウンスの鼻から出た血が私の洋服の裾の上に雨水と一緒にしみこみました。
「私の言うことをよく聞くんだぞ。お前は今家に行かなければ兄でも逃げていくぞ。お前をほっぽいて逃げていくぞ。早く帰って二度とくるんじゃないぞ」泣いていたウンスが泣くのをピタッと止めました。ウンスが力無く私の洋服の裾を放しました。そのことはウンスにとっては死刑宣告より残酷な事だったのでしょう。ウンスは悔しそうに私を一度見て家の方へ足取りを剥けました。それが私が見たウンスの最後の瞳でした。そしてそれがウンスが見た私の最後のはっきりとした姿でした。
[PR]
by hiroharuh | 2008-03-23 09:20 | 韓国語小説読書中!

우리들의 행복한 시간(공지영)

ブルーノート02

私の故郷は。故郷がどこかとあなたは私に尋ねました。故郷が私にあったのだろうか?もし生まれたところが故郷だとしたらな京幾道のヤンピョンだと答えながら私はつぎの質問を待ちました。しかしあなたはそれ以上何も尋ねられませんでした。貧しい田舎町でした。私は答えました。小さな丘をひとつ越えれば貯水池があり私たちの家はいつも寒かったです。とさらには申し上げられませんでした。大丈夫です。話したくなければ話さなくてもいいです。あなたは言いました。話したくないのではなく話すことができなかったのです。記憶を思い起こせば黒い血の固まりが口の中にいっぱいに溜まっているようでした。弟ウンスと私はその貯水池のほとりで日差しを受けながら遊びました。弟ウンスが隣の家に行きご飯を貰って食べたが米粒をこぼしたと隣のおばさんにひどく怒られた以降,私たち兄弟と遊んでくれる子どもはひとりもいませんでした。私がしょいこの棒きれを持って行き,そこの両親が仕事で出かけた間に隣の家に住む子ども達を鼻血が出るまで叩いたたせいだ。だから私たちはいつも二人だけだった。たまに心やさしい人たちが冷えた飯のかたまりを持ってきてくれて酒に酔って寝ていた父が起きないように人の家の納屋に行き凍り付いた冷たい飯を切って食べました。貯水池には日差しがいっぱいで運が良ければソウルからやってきた釣り人の人たちからラーメンを貰って食べたりもした。さらに運が良い日には5里ほど離れた店に行きタバコを買って来てあげて釣り銭をいくらか貰ったりもしました。
実は私たち2人の兄弟が家を出た母を待っていたと言うことはとてもあとになって知った。父に合っていて顔がぼってりと膨れていて体中に青い痣痛性だった母の記憶だけだがその母が痣痛性でも戻って来てくれることを、それであの火の気のない部屋で酒に酔って寝入ってまた起きればまた鞭をもつ父を殺してしまって私たちを助けてくれることを待ってたという事もとても長い時間が過ぎたあとになってわかった。私の人生の初めての記憶はそんな殺意で始まった。しかしある遠いところでか母が居たので待つことが、それがどうしても何に対した待つことだったのかも解らないが、あり得ることだった。私の年はたぶん7歳の時のことだったと思う。

2

モニカおばさんと私は私たち家系の異邦人だった。異端と言う方が合っているだろう。でなければ私生児と言わなければいけないのか?私たちはほとんど40歳くらいの年の差があったけれど双子のように似ているところがあった。することがほんとうに家のおばさんに似ているねぇ。と母が幼い頃に話すとき,それは明らかに皮肉であった。どんなに子どもでもその名前を呼ぶ当事者がその名前を呼ばれる人を好きなのか嫌いなのかくらいはわかる。母はなぜ自分の友人だったおばさんを嫌ったのか,だから私も母を嫌ったのが最初だったか,でなければおばさんによく似てしまったと決心したのが最初だったか,私は我が強く家の中の雰囲気もぎこちなくしていた。当然に私をぎこちなくしていた人々の平和な顔に爪痕でガリガリと出るように毒舌を浴びせては呆れかえる彼らを不憫にしケラケラと笑った。しかししれは未開地に踏み入れた占領軍が歌う勝戦歌のような種類の感情とは違った。それは例えば触りさえすれば血を流す準備が出来ている久しくなって突き破った傷だったり仮に苦痛は感じられないけれどいつも血を流すそんな種類の痛みでもあった。言うなればそれは反逆に失敗した敗残兵たちが歌う悪にかざした風刺画のようなことでもあるのだ。いや,他の点も多くある。おばさんは私より家の人たちのために多くのことを祈り,彼らが提供するいろいろな物質的な供応も自分のために使うことはなかった。
私で言えば,私に関してあえて言うなれば私はめちゃくちゃな人間だ。私は私自身のために生き,彼らのためではないとか私自身のために誰かを愛だとか友情だとか言う名前で私の生の中へ引き入れようとして私だけのために存在したがさらに私自身のために死のうとも行った。私は快楽の信徒だった。自身を失い感覚の奴隷になっていることもしらないまま私はいつでも私の堅固な家族の城郭で足を蹴飛ばしたりもした。酒を飲んで歌を歌い夜中踊った。その細かな日常が実は私自身を丹念に破壊して行っていることを知らず仮に知っていたとしても止めたくはなかったのだ。私は私自身を破壊することを望んでいた。なぜなら私はこの銀河系が私を中心に回ってこそだけしか聖が満ちた存在,酒に酔った日なら閉められたドアを足で蹴りながら私は本当に私自身が誰なのか何を飲んでいるのかも知らないでいた人だったためだ。実際にそのように発音してみたことはないけれどその時誰かが自分の心臓に聴診器を持って当てたならきいとこのような音が聞こえたことだ。なぜ太陽は私を中心に回らないのか?なぜお前達は私が寂しいときこそ私のそばにいないのか?なぜ私が嫌いなやつらは一気に追い込むことをするのか?なぜこの世は私の薬をパサパサと上げながら私の幸福に少しも共助しないのかと。
[PR]
by hiroharuh | 2008-03-22 19:56 | 韓国語小説読書中!

우리들의 행복한 시간(공지영)

お父さん,あの人たちを許してやってください。
なぜなら彼らは自分自信が何のことをするのかわからないでいるからです。

ブルーノート01

もう話をはじめようと思います。殺人についての話です。叫びと悲鳴とむちと混沌そしてのろいを日常の良識とみなし破滅すること以外には何もすることがでなかったひとつの家族の話でもあります。そして自身が悲惨であるはずがないと信じていたひとつの悲惨な人間の話,他ならないその自身の話です。
その日二人の女と一人の子どもが亡くなりました。私は彼女が死んで当然であり生きる価値がないと固く信じていました。あんな女にお金が多いと言うことは虫けらに絹織物を身につけておくこととも同様だと考えていました。この不公平と正意にできない(不条理な)この世の中で私がそのお金を良いことに使うならそれが正しいことだと考えていました。
また別に一人の女がいました。一生を自分のことには使ったことのなかった女でした。一生を他人に奪われてばかりして生きてきた女,その女が死んで行こうとしています。300万ウォンを用意する(工面する)道が無かったです。彼女は日ごとやつれていくのだが,空があったとしても,空があるのか空をながめてからどのくらいたったのかもわからず生きてきたが,私を理解することことだと考えながらこれが正しい心だとも考えました。正意のことです。

1

午後になり降り始めた雪が雨に変わろうとしていた。彩陶が低い青みがかった光が道を巻いていて湿気をはらんだ空が重く地面と空の境界をを曇らしていた。時間は5時が回っていた。私はコートを引っかけて着て家を出た。駐車場にはたくさんの車が墓のように黙っていて,向かい側の窓にひとつふたつづつ付けられ始めた黄色い光が届くことの出来ない星のように輝き始めた。もうだいぶ前の草木の葉っぱをすべて落とされた街路樹は向かい側の庶民アパートとここのアパートを分けている鉄柵のように見えた。車に乗らず私は何気なく空を見上げた。ぼんやりとした白い空を背にして立ったアパートの重鎮な姿のため空は遮られていた。薄暗い薄明かりの中で曇った空を塞いで立ったアパートは傷を負わない直線直線の城郭のようにも見えた。降りしきる冬の雨だけが凍り付いた道に降っていた。
私は車に乗った。ヘッドライトを付けるやその円筒形の光の中で美しい氷の粉のように飛び散る雨が見えた。街路灯の下と商店の看板が醸し出すいろいろな種類の明朗な光だけが明るいくもあり暗い夕方,雨はその光の中にでだけ降っているのかも知れなかった。暗い中に私たちは私たちを濡れるようにする正体が何なのかまったく知らないはずだから。
モニかおばさんが倒れて再び病院に運ばれたと今度には見込みが無いようだと,準備をされることが良さそうだと電話の向こう側でタクト老は話した。多分私がまた一人の人を送る準備をしなければならないということだ。
エンジンはかけたけど彼の(その)顔が浮かんだ。黒い縁の眼鏡に,さめたような蒼白だった顔,まだ若くて赤かった唇,はにかむように笑い顔に片方のほほにだけ出るうすいえくぼ,私は実は替えを覚えていたくなかった。忘れるためにとても多くの日々を使ったが遂げられなかった。強い酒でなければ眠れなかった日々,首が絞められるような幻影に目を覚まされた青い夜明け,まくらに顔を埋めて涙が出てくるのを待っていたがその後にもしばらく私の口は変なうめきをはき出すだけだった。そういっそ覚えておこう,覚えよう,全部覚えておこう,ひとつも残すことなく,と考えていた日にはしかし私は酒に酔ってソファーに倒れこんでしまったりもした。
彼が去った以降毎朝目を開ければもっともまず最初に浮かんできた考えはこれからの世の中が今まで私が生きてきた世界と同様ではないということだった。初めてのように全てのことが混沌としているようにも見えた。しかし彼に会った以降確実になったこともある。それは私が再びひとりでこの地上を旅立つ決心をすることが出来なかったということ,それが彼が私に残した最後の贈り物でそして刑罰であった。
ヘッドライトの光の中でだけ降るこの冬の雨のように暗くて見えないことが世の中には多くあった。彼に会った後私はそれを知った。しかし見えないということと存在しないということが違った。彼と会った後私は私の闇の中をかき分けて死ぬように息していたその闇の正体を探し出した。それがそうでなければ一度も目を注がなかったこと,ひどい暗闇だと思っていたが実際はとてもまぶしい日差しであったということを知らないで生きてきたのだ。
それが暗闇ではなくとても明るい輝きで目がくらんでしまったことは却って私の目だったということもわからず,私は私が知ることが多いと考えたのだろう。真じめな人であることができるなら我々はその瞬間真の栄光をすでに分かち合っているということを私は彼によって知ったのだから。彼はもう私のそばにはいないけれど,そんな意味から私は彼に会うことができた幸運を私にくださった神に今でも感謝申し上げたい。
車は雨が降る暗い道を走り始めた。道は溢れ出てきた車でいっぱいになっていた。急ぐことはなかった。みんながどこかに行っていた。どこかへか行かなければならないのだ。しかし彼らは本当に自分がどこに行くのか知っているだろうかという考えがとても久しい記憶のように押し寄せてきた。ネオンサインさえ息を殺していたその道には車がほとんどなかった。淡い霧のように白い日差しの中で走ってきた車の上に太陽のような赤い信号機が点けられた。走っていた車が一斉に停車した。私も止まった。
[PR]
by hiroharuh | 2008-03-22 14:45 | 韓国語小説読書中!


韓国語学習をゆっくり地道にやっています。


by hiroharuh

プロフィールを見る

カテゴリ

全体
どうでもいいことだ
文法学習だ
どう違う?
ぜひ覚えたい!
오늘 공부
너하고 친구하고 싶다
뉴스로 배우는 한국말
同音異義語
多義語
月曜日初級講座
にわか雨(소나기)
한국어로 말합시다
아침 편지
韓国語能力試験中級学習
韓国語能力試験高級学習
ハングル検定2級学習
慣用句(관용어)
副詞だ~부사이다~
火曜日学習会
KJから学ぶ
韓作文学習
八木さきさんの좋아요!한국
좋은 생각
韓国語小説読書中!
映画から学ぶ韓国語
漢字成語
韓国語初級文法
받아쓰기
한글일기
ラジオハングル講座
일본어교실
今日の擬声態語
上級への道(トレーニングノート)
未分類

以前の記事

2013年 12月
2013年 10月
2012年 12月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
more...

記事ランキング

その他のジャンル